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■星継駅年代史(過去編)
(以下、本編より抜粋)
 ―――売り物を教えてやったのはついうっかり釣り込まれただけ、別段態度を軟化させたわけでないと知りつつも、軽くゼルダクララを睨んで釘を差し、シラギクにはもっと釘より[こわ]い剣の視線、老爺には裏腹に孫娘のように甘い笑顔で老爺を遠ざけの、ヒプノマリアはくるくる視線を使い分けて如才なく。ただシラギクとしては、折角の興を横から取りあげられてご不満らしい、僅かばかり唇を尖らせると、一つ指先を立て、窓を開けるように宙を横になぞって、みれば。

ヒプノマリア「ええ、そうじゃ、お前さまにはわたくしもクララも沢山申し上げたい儀が―――え?」


 ヒプノマリアの黒衣はあくまで瀟洒に淑やかに、少女の華奢な線にまとわりついて、いたのに、不釣り合いだった、不格好だった、いかがわしかった、唐突だった。
 彼女の股間の辺りがやにわ隆起して、天幕でも張ったが如く盛り上がったは、曰く言い難く尾籠[びろう][みだ]りがましかった。

ゼルダクララ「マ、マリーっ? 貴女それ、スカート、前っ?」

ヒプノマリア「ひ、わ、何事、わたくし、いや、やあああっっ?」


 男性のある種の生理現象を否応なしに想起せしめるその隆起、見る間に徳利ほどにも伸び上がってスカートを裡から持ち上げて、


『え、い〜しやぁ〜きも〜〜。お芋、お芋、お芋だよォ〜。つか変に薄暗くて良い匂いしやがるな、なんだここ』


 ずるりと、スカートの裡の暗がりから這い出して来たのは妖物、などでない。裳裾捲り上げるのが一杯呑み屋の暖簾[のれん]を潜る気易さで、これも市場の物売りだった。立ち売り籠には古新聞に包まれた焼き芋が満載されていた。甘く焦げた皮の匂いがいと香ばしく、鼻をくすぐる唾を湧かせる。

シラギク「あら、このお芋はサツマイモなのだわ。焼いただけでこんなに甘い匂いが立つんですの?」

物売り「石焼き芋を初めて見たような顔だな、嬢ちゃん。まあ甘藷[かんしょ]って言うくれえだし。どだ、今なら二本買えば一本おまけに付けるよ」


 どう見てもヒプノマリアより大柄な物売りが、スカートの裡より出でる奇特[きどく]を顕しておきながら、遣り取りは初見の屋台物を珍しがるの、商魂逞しく売りつけようとするの、至極日常的で長閑[のどか]な、が双子はそれで収まろうはずがない。

ヒプノマリア「っ、っ、〜〜〜〜ッ」

ゼルダクララ「この方、なんてところから出てらして……っ。マリー、大丈夫? なにもされなくって?」


 どうにもまやかしめいた奇禍に、言葉も作れず打ち震える半身を抱き寄せて、ばっばっとスカートの前、悪虫でもついたかに打ち払う、ゼルダクララの手の下で、あろうことかまた隆起する手応え。手触りの良いスカートの地の裡から、ごつごつしていた、野太かった、固くみっしり詰まっていた。また小さな塔と起きあがる。


『もろこしぃ〜、焼きもろこしはいかがッスかぁ〜。今朝もぎたてで、香ばしくって甘い焼きもろこしだよぉ〜……で、この、薄暗くって生暖かいここァなんだい。なんだろな、このさらさらした[]っ切れ二本は』

ヒプノマリア「ふあああっっ? 今触って、わたくしの脚にっ」

ゼルダクララ「マリーっ? マリーっ!」


 ずるりと、秘めやかなスカートの裡から産み落とされたのは忌み子、などでない。裳裾掻き分けるのがくすぐったそうなばかり、少女への遠慮も気後れもあったものかはで、やはり市場の物売りだった。立ち売り籠は舟皿に乗った焼きとうもろこしで一杯だった。香味の利いたたれが粒に絡んで、匂いでも見た目にも口中をひもじくさせた。先の焼き芋売りに並んだもろこし売りにもシラギク、興味もありありと、
シラギク「こちらのとうもろこしに着けてあるソースは……[ジャン]? けれどもなにの? とっても良い匂いで、美味しそうね」

物売り「[ジャン][ジャン]だが醤油だよ。豆から造る。そうそう、この醤油だって大豆の生一本[きいっぽん]なんだ。変な混ぜ物とかは使っちゃない。[うま]いよ、お嬢さん、一本いかがだ」


 派遣吏と物売りの言葉はあくまで暢気に交わされる一方、双子は顔色失って今にも崩れそうであったり、あるいは頬を潔癖な怒気で真っ赤にして眦吊り上げたりの、穏やかならざる有り様な、むしろこちらの怒りの方が当然の感情として見やすく、ゼルダクララは今度は物売りに食ってかかって、シラギク相手では埒が開かぬと。

ゼルダクララ「貴方! 貴方もどういうおつもりっ? 誰の許しあって、マリーの……その、服の中からなんて! いやらしい。大人の殿方でしょう、恥ずかしくありませんのっ?」

物売り「てな事言われてもなあ」

物売り「俺もそっちの焼き芋屋も、どうやらそこの嬢ちゃんに引っぱり出されただけのようだぜ。呼び出しの術かなんかか?」

物売り「頭ン中に声が響いたって思ったら、なあ? 大体いやらしいもクソも、さすがに嬢ちゃん達みてぇな子供にゃ、妙な気は起こさないって」


 ……物売り達はそう[なだ][すか]したものの。後年この双子は、その少女の打ち見とはおよそ不釣り合いなほどの情趣と色香を身に纏い、男達の獣欲妖しく掻き乱すようになるのだが、ま、それはあくまで後の代の話。この時はヒプノマリアもゼルダクララも、男の心無い言い訳を女らしくいなせるほどには全く練れておらず、至当にして遣り場のない怒りは勢いシラギクへと向かう事になり、

ゼルダクララ「こちらが術って仰有ったからには、やっぱり貴女が……貴女の仕業、こんないやらしい事が。呪式をこんな風に使うなんて……あっ」


 シラギクのしでかした事、と気づいてゼルダクララ、大の大人の男より同年代の少女の方がまだ掴みかかりやすい、爪立ててやろうと[かぎ]にした指は、しかし翻ってその巻きスカートを押さえる、強く、封じこめるように。

ゼルダクララ「まさか妾まで。妾の脚の下からも、誰か呼び出すおつもりじゃないでしょうね……!」

シラギク「あら、それはなくってよ。貴女のお召しは、ほら、おみ脚がもとよりすらりって見えていますもの。誰か隠れるにしても、難しいじゃありませんか」

ゼルダクララ「ちょっと貴女の仰有る事が判らないわ」


 理が通るような通らないような、シラギクの基準に憮然となるゼルダクララの、腕を掴んだ半身の、整った顔が哀しく崩れて、麗しの眼差しがかき曇って、涙。

ヒプノマリア「なにゆえ、わたくしばかり……マリー、わたくし、もう厭ぁぁ……っ」


 黒衣の少女のスカートの前、また盛り上がり―――


『いらんかね〜、苦瓜[にがうり]、ゴーヤー、レイシだよぉ〜。いぼがしっかりして、ずっしり重い苦瓜だよぉ〜。若いうちの種は白い綿みたいだけど、熟すと血糊みたいに赤くなるよ〜」