■霞外籠逗留記 発売日記念更新■

―――物語を彩る小道具の数々―――

築宮青年の物語の舞台となる旅籠には様々な調度、小道具が満ち満ち、物語の雰囲気を高める大切な脇役となっている。
しかしそれらは文章だけではイメージが伝わりづらい物も多く、今回その幾つかを、画像をあげて紹介していきたい―――

■煙管


渡し守愛用の喫煙具というのが、この銀の延煙管である。煙管というと「火皿」と「雁首」と、「吸い口」の間に竹や黒檀の管―――羅宇(らう)を着けた、「羅宇煙管」の方が一般的ではあるが、中には全体が金属材の一体成形で作られているものもあり、それらを延煙管と呼ぶ。


まあ羅宇煙管だろうが延煙管だろうが、今時煙管という時点で一般的ではなく、呑み屋などに持っていって吸っていると、見知らぬ人から物珍しがられて色々話しかけられること請け合いだ。……ただし、そういうのはたいがいご年輩の方なので、若いお姉ちゃんとの出会いなどは期待できない。


さて詰める煙草の方も、「刻み煙草」という専用のものになるのだが、今現在の日本では画像中の『小粋』と言う銘柄がほぼ一択状態となる。渡し守があの旅籠でどういうものを調達しているのか定かではない。あるいは彼女なら、タバコなどいう大人しいものでなく、麻の葉っぱを乾かしてほぐしたものだとか、下手すれば阿片の練り膏あたりを詰めている吸っている可能性すら―――

【渡し守】
「……なに勝手なことを言ってけつかるかね。そういうあんたなんぞは、そこらの道端の、酔っ払いと犬の小便でもしみこんだ、ぺんぺん草でも乾かして吸っているといい」

ひ、ひどい。

■銀側の懐中時計


渡し守から築宮青年へ貸し与えられた懐中時計というのがこれである。蓋のある、「ハンターケース」タイプである。
表と裏の蓋の彫刻は典雅で繊細なものであるが、全体としてはシンプルな造りと言えよう。


当然機構部(ムーヴメント)は昔ながらのぜんまい式で、電池要らずの優れものだ。ぜんまいの持続時間は時計によって異なるが、築宮青年のものは一回巻いてしまえば二日程度は保つようだ。


なおこういった時計の機構部分は、損耗の激しい箇所(歯車の軸受けなど)に金属よりも硬度の高い貴石などを用い、その貴石の質が高いほど、数が多いほど、高級品となる。きっと渡し守の懐中などは、持っているだけで呪われるというホープダイアモンド的な魔石をば、人の煩悩の数と同じ、百と八個ほども詰め込んでいるのではなかろうか。

【渡し守】
「人の持ち物に要らない曰くをつけるない。
  数までは数えたこたありませんがね、
  嵌ってる石は紅玉(ルビー)でしたよ」

■盃


築宮青年が令嬢から晩餐に招かれた際、使用された酒器がこれである。黒色の、鉄を多く含んだ釉薬を用いる陶器を「天目」と称するが、その中でこれは「玳玻盞(たいひさん)」に分類されるもので、一名「鼈盞(べっさん)」とも言う。用いられている釉薬は鼈甲釉(べっこうゆう)と称されており、名前の由来は画像をご覧になっていただければ明らかだろう。現在では輸入禁止となり、加工するにも現存在庫を頼るしかない「鼈甲」細工とよく似た色調である。酒を注ぐとこの花びらのような炎のような模様が更に鮮やかに際立って美しい。


令嬢は件の晩餐の際、如何なる意図をもってこの酒器を選んだのかは不明ではあるが、静かな黒の中に揺らめく炎のような色合いは、心の深くに燃える激情を秘める、いかにも彼女に相応しい。

【令嬢】
「これは、以前うちにご逗留なさっていた、燿山(ようざん)先生という方が焼かれたものだそうです。うちにいらした時には、もうかなりのご高齢で、滅多にお仕事は為されないとのことでしたが―――出立の際、お礼にと置いていって下さいました。まこと有り難い限りです」

■小説

『悪霊島』:香山滋作


築宮青年が図書室である探し物をしていた際、司書が勧めてくれた小説である。同名の作を後年横溝正史が書いているが、あちらは名前だけが同じの推理小説であり、こちらはインドネシアバリ島近辺にあると思しき謎の「悪霊島」を舞台に、バリ島政府、謎の民族の末裔、世界を股にかける探検家、国際的女スパイ等々が入り乱れて相争う秘境冒険小説である。


ちなみに司書がその際口にした、同じ香山滋の原作になる「あの火を吐く大怪獣の映画」というのは言うまでもなく日本が世界に誇る怪獣特撮映画「ゴジラ」の事なのだが、女史がゴジラシリーズの何作目までを把握しているかは定かではない。

【司書】
「こちらに置いてあるのは、後年復刻された版だから、気楽に手にとってみてね」

■小説

『ザ・ベスト・オブ・サキ』:サキ作


築宮青年が、初めて図書室を訪れた際、司書から勧められた書物というのがこれである。作者はかつてO・ヘンリと並び称されていた短編小説の名手だが、現在の国内では、その知名度は残念ながらO・ヘンリには及ばないのではなかろうか。


諧謔といささかの残酷趣味と幻想味に彩られた短編がほとんどで、築宮青年が一体この短編集の中からどれを選んで琵琶法師に話してやったのか、気にかかるところではある。

【司書】
「画像はサンリオ文庫版で絶版になってしまっているけれど、ちくま文庫、岩波文庫、新潮文庫からも同じ作者の選集が発行されているから、興味がお有りなら一読をお勧めします」

■大福帳


一部のお手伝いさんがメモ帳代わりに携帯し、築宮青年にも図書室への地図などを書いてやったりした際も、この大福帳の一枚を破って使ってやった。
ただし本来の大福帳というのは、仕入帳、売長、金銭出入帳、の三点を総括した、商家の中でも最も重要な帳簿「大帳」を、福運を願って一文字足して「大福帳」としたもので、ひょいひょい気楽に持ち歩けるものではなく大きさでもない。


おそらくお手伝いさんが携帯しているのは、まさにメモ書き用にサイズを縮めた大福帳「風」のメモ帳なのであろう。

【お手伝い】
「まあたいていはお仕事の覚え書き、帳簿に使ってるのがほとんどですが、中には詩を書いたりスケッチブック代わりにしているコもいたりしてます……プライヴェートな事、書いてるのもあるから、覗いちゃダメですよ?」

■花札

『花札』:酒場の破落戸使用


花札の歴史や由来はここでは省くとして、地下酒場で破落戸(ごろつき)どもが用いていたものと、令嬢が隠し蔵に持ちこみ、築宮青年の慰撫の為にひろげて見せたものである。

『花札』:酒場の破落戸使用


ちなみに破落戸どもの方は今や天下のゲーム業界大手任天堂製のもので(そう、任天堂は元々は花札屋だったのだ)、えらく煤けて小汚いが、それでも大統領箱と呼ばれるもので、任天堂が扱う花札の中でも上等のものである。破落戸なりの意地、と言うところか。

『花札』:令嬢使用


一方令嬢が蔵に持ちこんだものは職人の手作りになる多色刷りのもので、実際の玩具にするのはいささか憚られるほどの美品を平然と手遊びに使うのが、やはり彼女ならでは、と言うところか。

『花札』:令嬢使用



【破落戸】
「……あぁ? なんでこの花札、20点札や短冊札の裏の角ッコに、爪で着けたような後があるか、だ? イカサマ? 知るか馬鹿、偶然ついたんだろ」

【令嬢】
「手慰みの道具なら、他にも色々とございますよ……だから、ね? ずっといて下さいね、ここに……ふふっ」

■貧乏徳利


築宮青年が、地下酒場から酒をお土産にした時に詰めてもらうのがこれである。
別名、「貸し徳利」「通い徳利」とも言い、今のように酒類が小売店舗で瓶入りで売られるようになる前は、それぞれの酒屋でこういった徳利を借りて、中味だけを売ってもらっていた。よって本来の貧乏徳利にはその酒屋の号が入っているものだが、近年はこの貧乏徳利風の瓶で売られている酒もあるようだ。


なお、この瓶の中味はない。なぜなら昨夜呑んでしまったから。ぐーびぐびぐび。

【清修】
「どうにも記憶が定かじゃないんだが……あの晩もらってきた酒、水路で冷やしていたやつ……あれ、ちゃんと呑んだんだっけか俺? もしやまだ……沈めっぱなしとか……」

■般若の割れ面


渡し守の被っている面である。
般若の面じゃないとかいう細かいことは気にしてはいけない。割れてもいないじゃないかということも気にしてはいけない。だっていくら撮影のためとはいえ、こんなの半分に割ったら絶対に呪われるに決まっているってば。


大体これはヴェネツィアマスクだろうって? まあ向こうも水路がたくさんあるということで御同類だし、細かいことは気にしない気にしない。

■宗右衛門(猫)


旅籠に住み着いている猫の中でも一等えらいという評判の、宗右衛門(そうえもん)殿である。漆黒の毛並みと凛々しい貌立ちでファンの雌猫も多く、腕っ節は強いが気持ちは優しい。猫族特有の独立独歩の気風は潔く、たまに悪戯などしてお手伝いさんに追いかけられることはあっても、彼女達もなんのかんの床の猫を愛しているようだ。
これで猫でなかったなら、築宮青年などは主役の座を奪われていたかも知れないほどのいい男振りであり、FC特典用のシナリオで彼の活躍の一端が垣間見られる。
ちなみに全身黒、肉球も爪も黒の宗右衛門だが、なぜか右前足に一本だけ白い爪がある。

【琵琶法師】
「あんね、あたしが版のご飯のおかずなくって困っているとき、うちの前で音がして、のぞいてみたら干し魚が落ちてたの。そんで陰のほうに駆けてく、黒いねこの尻尾が……嬉しかったけど、あれ、どこから持ってきたんだろ……」

……他にも紹介したい小道具は数多あるが、残念ながら紙幅が限られている。今回はこれまでとしたい。

 

■おまけ

『この先は本編のネタバレ及びグロ画像を含みます。それらを了承した方のみ、リンクの先へお進み下さい』