■『平成二十三年の高瀬屋繁盛記』
※このレポートは何割方かフィクションであり、実在する人物、団体とはほんの少ししか関係ありません。

 時は平成。元政から数百年が経った現代でも、場所を変え、店構えを変えて、高瀬屋はひっそりと生き延びていた。


【新・高瀬屋のれん グッドウィル様提供】

 新宿某所、よく言えばアジアンゴシック、悪く言えばいかがわしいエロス空間の通りを行くこと数分、「花魁居酒屋」なる肩書きの店がそれであった。

鉄佐「旦那様、お客様がご来店のようですぜ」

嘉門「ふむ、初めて見る顔だな。どうにも馴染めない様子で、おどおどきょろきょろしているが、そうまでしてお越しくださるなんてありがてぇ話じゃねぇか」

氷笹「ふふん、ああいう初心そうな客に限って、酔っぱらうと虎に化けるものさ」

嘉門「そういうもんかい。それじゃ、虎の手懐け方をようく知っている氷笹に、あの方々をお任せしようかね」

氷笹「冗談をお言い。時が元政から平成、店が遊郭から居酒屋に変わっても、このわたしの根っこは変わらないよ。流儀に則って、給仕をするのは三度目からにさせてもらうわ」

嘉門「お前は、すぐそこのSMバーのほうが向いているんじゃないのか。まあいいや。ええと、他に手が空いている者は……」

天音「わたしが行きましょうか? ちょうどお客様をお見送りしたところですし」

嘉門「そりゃあよかった。頼むぜ」

天音「はい。……いらっしゃいませ!」

天音「ご来店、ありがとうございます。あの、突出しなんですが、もずく酢と栄養ドリンクからお選びいただけます」

客「栄養ドリンク?」

天音「ええ。良潤先生が処方してくださったもので、二日酔いや胸焼けの予防になるものです」

客「じゃあ、それでお願いします」

天音「かしこまりました」

客「転ばぬ先の杖ってやつですか」

客「安心して飲めますな。この『花魁ハイボール』ってやつをお願いします」

天音「はい。すぐにお持ちしますね」

客「…………」

客「どうした、ぼーっとして」

客「いえ、隣の席の会話が気になって……」

珠琴「はぁい、ご注文のお鍋をお持ちしました!」

隣の客「君、いくつ?」

珠琴「うふふ。秘密」

隣の客「はは、かわいいねぇ。もしかして未成年なんじゃないの? お酒飲める?」

珠琴「飲めますよー。そうじゃなきゃ、居酒屋で働いちゃだめじゃない」

隣の客「すっごく若く見えるんだけどね」

珠琴「やだぁ、お客様ったらぁ。あはは……」

客「チキンな俺にはとてもできない会話だな……」

客「わ、私、聞きましょうか、年齢」

客「い、いや、無理はしなくても」

天音「お待たせしました、花魁ハイボールです」


 【お待たせしました! げっちゅ屋様提供】

客「おおっ、番傘でオレンジを転がしながらの登場! 初めて生で見た!」

天音「はっ、ほっ。……日替わりでオレンジかグレープフルーツを絞っているのですが、今日はっ、オレンジですっ」

天音「……ちょっと待ってくださいね。今、絞りますから……。すみません、機械が壊れてしまっているので、手絞りで」

客(むしろ機械ぐっじょぶ)

天音「でも、本当は機械より手の方がよく絞れるんですよ。……はい、お待たせいたしました」

客「それじゃあ、かんぱーい!」

客「かんぱーい。天音さんも飲みなね」

天音「あ、はい。ありがとうございます」

※ ※ ※

天音「ふぅ……」

お増「おや、天音。またご相伴に預かって酔っちまったんだね。派手に着崩れてるよ」

天音「あ、ああ……。すみません、すぐに直します」


【飲み過ぎちゃいました メッセサンオー様提供】

お増「お客さんには見せられない姿だねぇ。お酒に弱いのは体質だから仕方ないけど、身が持たないだろうに」

お増「……まぁ、弱すぎるこの子よりはましだけどね」


【もう立てませんよぉ ゲーマーズ様提供】

珠琴「うーん……、お客様が待ってるから、早く行かないと……」

お増「そんな格好で何を言っているんだい。自分でちゃんと着込めるまで、ここで休んでな」

珠琴「だってぇ……、暑いんだもん……」

天音「……あ、そうだわ。いろいろとご注文をいただいたんだった。支度しなくちゃ」

※ ※ ※

天音「お待たせしました。茶豆です。こうして、茶豆を掴みとっていただく趣向となっております」

客「ほうほう。うまくすればがっつり取れるってわけか」

客「でも、せっかくだから、天音さんにやってもらおうかな」

天音「ええっ、わたしですか? でも、わたし、手が大きくはないですし、あまり沢山はとれないと思います……」

客「いいのいいの。やってもらいたいだけなの」

天音「そ、そうですか? では……」



天音「ほ、本当に少なくて申し訳ありません!」

客「いや、けっこう多いよね?」

※ ※ ※

天音「お待たせいたしました。蒸し餃子に彩り海鮮宝石箱、それから裏メニューの真鯛のお頭塩焼きです」





天音「それから、こちらが元政より伝わる清酒です。……失礼しますね」

客「清……酒……? あ、ありがとう。……うん、うまい」

天音「お口にあいましたか? それはよかったです。飲みやすくて、美味しいですよね」

客「ああ。ほら、天音さんも飲んでくださいね」

天音「わ、わたしは、もう沢山いただいてしまって、その……。あ……、申し訳ありません。お酌までしていただいて……」

天音「では……、いただきますね」

客「うん、飯もうまいな。このお寿司は、天音さんたちが握っているの?」

天音「ふぅ……。は、はい、そうです。まだまだ、修行が足りませんが……。餃子も、わたしたちが包んでいます」

客「そう聞くとますます旨いや。ありがたいね」

天音「うふふ、喜んでいただけて、うれしいです。……は、どうぞ、もう一杯……」


【お一ついかがですか? シーガル様提供】

客「ちょ、ちょっと飲ませすぎたかな? 大丈夫?」

天音「は、はい……、だ、大丈夫、です……。ふうぅ」

客「……ま、雰囲気も楽しんだし、そろそろ帰るかな」

天音「ふぁい……、ありがとうございます……、ひっく」

※ ※ ※

鉄佐「お帰りになりましたな。満足していただけたようで、よかったです」

嘉門「よかったはよかったんだが、天音のこの様はなぁ……」

天音「ふぅ……。…………」


【満足していただけましたか? ソフマップ様提供】

嘉門「天音といい珠琴といい、毎回毎回こんなに酔っていたんじゃ、仕事にならねぇだろ。うちは一応、女性にも気軽にご来店いただける『ちょいエロ』くらいの域を目指してるんだぞ」

氷笹「へぇ、そうだったの? そのわりには店構えからしていかがわしくって、入りにくいと思うけどねぇ……。これを機に、方針を変えてみるってのはどうだい?」

嘉門「方針を変える? どういうことだ?」

氷笹「そうね。……ちょうどいいわ、天音、こっちに来てごらん」

天音「はぇ? ふぁい……」

天音「え、な、何……?」


【これが時代の流れだ! メディオ!様提供】

天音「え、ええっ……? こ、この格好は、一体……。えええええ?」

氷笹「おや、一気に目が覚めたみたいでよかったじゃないか」

氷笹「馴染みの旦那様が好きだとおっしゃっていた格好だよ。次からこれを着なさいな。これなら、着崩そうと着崩すまいと、あまり変わらないし」

天音「こ、この格好で、お客様のお相手をする、ということでしょうか……?」

氷笹「ええ、そうさ。どうせだらしなく着物をはだけるくらいなら、こっちのほうが恥ずかしくないでしょうよ」

天音「い、いえ、それは……! 堪忍してください、気をつけますから……」

氷笹「……まあ、お酒に弱いのは仕方ないことだけど、それなら断る術を身につけなさいな、ということ。わかった?」

天音「はい……。すみませんでした」

氷笹(ちょっとお灸がきつすぎたかしらね。でもまあ、天音にはこれくらいしないと……)

珠琴「わぁ、天音姐さん、なぁに、その格好!」

天音「た、珠ちゃん……?」

珠琴「氷笹姐さんが新しい服に変えるって言ってたのは、これのことなの? いいなぁ、かわいくって、涼しそう! あたし、こっちがいい! あたしも着る!」

天音「え、えええ!」

氷笹「ちょっと、珠! ややこしいこと言い出すんじゃないよ!」

珠琴「言い出したのは氷笹姐さんなんでしょ。何で怒ってるの?」

氷笹「あ、あんたねぇ……」

嘉門「騒がしいな。何をやってるんだ? 入るぞ」

天音「だ、駄目です! 来ないでください……!」

※ ※ ※

 時代に合わせて柔軟に形を変えつつ、高瀬屋は強かに現代を生き抜いていた。
形は変われどもてなしの心は変わらず、こまやかな気配りで訪れる者を癒すこの店は、これからも長きに渡って愛されていくことだろう。

 

  『平成二十三年の高瀬屋繁盛記』〜了〜