■第5回

吉原の歩き方

天音「今回は、吉原の街のあちこちについて、お話いたします」
氷笹「吉原って言っても狭いようで広いからね。通り一本向こうにいけば、ずいぶんと雰囲気も変わるんだよ」
天音「簡単に迷子になる街ではないのですが、どこになにがあるかを知っておけば安心ですね」
氷笹「うっかり街の両端に踏み込まないように、よく読んでいっておくれ」

 吉原の街は、縦135間(およそ244m)、横180間(およそ326m)の土地を堀で囲み、その中に作られました。吉原には、遊女屋の他に、遊女を斡旋する引手茶屋、店に様々な商品を納める商家がありました。きのじ屋と呼ばれる仕出し料理の店や、菓子屋、雑貨を取り扱う店などがあり、銭湯もありました。遊女の他に、遊女屋の主人、使用人、これらの商家の関係者や、芸者などを含めて、一万人もの人が生活していたのです。

天音「けっこうたくさんの人が暮らしていたんですね」
氷笹「元吉原に比べて広い土地が与えられたとはいえ、店も増えたから、相当手狭だったみたいだね」
天音「それでも、江戸の長屋が連なる町に比べれば、ましだったとも言われています」
氷笹「江戸の町自体が、かなりの人口過密都市だったってことだね」

 移転した新吉原は江戸の中心から一里半(6km)のところにありました。大川(隅田川)を猪牙舟で上り、山谷堀に入るところで降りて、そこから日本堤を駕籠で吉原まで、というのが歩き以外の交通手段でした。日本堤と呼ばれる土手の上の道から、吉原へと向かう道しるべになるのが、見返り柳と呼ばれた柳の木です。ここより衣紋坂を下り、五十間道を進めば、吉原の入り口である、大門へと着きます。道の左右には茶屋が並び、腹ごしらえをすませることができました。

氷笹「朝に遊女との別れをすませたお客が吉原を出て、日本堤を歩いている時にふと振り返った時に目に入るってんで、見返り柳と呼ばれたらしいね」
天音「吉原のすぐ外にある茶屋は『編笠茶屋』とも呼ばれていました。お昼に吉原に着いた方が、ここで編笠を買って、顔を隠したからと言われています。吉原細見とよばれるガイドブックも取り扱っていました」

 大門をくぐれば、吉原の目抜き通りと言える『仲ノ町通り』です。その左右には引手茶屋が立ち並び、大見世にあがるような客は、この引手茶屋に入って、目当ての店に報せを出しました。仲の町通りには、季節によって様々に装いを変え、春には桜、秋には紅葉と植え替えられていました。
  仲の町通りから左右に道がのび、その通りに沿って、遊女屋が並んでいました。江戸町一丁目と呼ばれる、大門からいちばん近く、仲の町通りから右手入った通りに、大見世と呼ばれる一流の店が集まっていました。また、遊女屋以外の商売をする店や、様々な職業の人が多く暮らしていたのが揚屋町と呼ばれる通りの周囲でした。

氷笹「吉原自体が一つの町だったからね。油、蝋燭、煙草なんてものは、揚屋町に行けば買うことができたのさ」
天音「仲の町通りの奥、水道尻では、毎朝、市が立っていました。魚や野菜などは、ここで取り扱っていたんです」

 吉原の周囲は壁で囲われ、さらにお歯黒溝と呼ばれる幅およそ二間(3m)の堀がありました。唯一、このお歯黒溝を越えずに外に出る道は、大門からのびる五十間道のみです。もちろん、これは遊女の足抜け(脱走)を防ぐためであり、大門の内側には四郎兵衛会所と呼ばれた番所があり、遊女の出入りを厳しく見張っていました。
  お歯黒溝沿いにのびる吉原の左右の端の通りは、それぞれ、羅生門河岸、浄念河岸と呼ばれ、切見世、局見世と呼ばれる最下級の店が並んでいました。長屋のように二畳一間に布団が敷かれただけの店がずらりと並び、そこでは一回百文ほどの安値で遊女が買えました。吉原を訪れる大多数の裕福ではない町民は、大見世を冷やかしては、この切見世で欲求を満たしていたようです。しかし、安いだけあって性病への感染率も高く、鉄砲見世とも呼ばれていました。きらびやかな世界の裏側ともいえる場所だったのです。

氷笹「足抜けや駆け落ちは、浄瑠璃や歌舞伎の世界ではもて囃されてはいても、失敗すれば厳しいお仕置きが待っていたのさ」
天音「もちろん、成功することはほとんどなかったそうです……」
氷笹「切見世は、身を持ち崩した女の終着点みたいなもんだね」
天音「衛生状態も悪かったそうです。年季が明けても、帰る場所もなく、切見世の遊女に落ちぶれる人もたくさんいました」

 その他、吉原の街には、火事の多い江戸の町と同じように、通りのあちこちに、用水桶が設置されていました。
  また、夜になっても、通りに設置された行灯からは火が消えません。これは、『誰そや行灯』と呼ばれ、防犯のためのものでした。遊女「たぞや」が夜に往来で殺されたのがきっかけと言われています。遊女の名前と、「誰そや」と呼びかける言葉をひっかけて名付けられたものです。
  江戸の男衆の欲望を集めるだけに、吉原は華やかなだけでなく、暗い影も抱え込みながら、遊女を中心とした巨大な街であったのです。

氷笹「ま、吉原に来るすべての客が、一晩に何両とかかる太夫はもちろん、小見世の遊女だって買えたわけじゃないからね」
天音「江戸の町方衆にとっては、そういう華やかな見世を冷やかしつつも、自分の財布に見合った遊女を買っていたわけです」
氷笹「江戸最大の遊郭なんて呼ばれるには、そういう店も必要だったってわけさ。やれやれ、湿っぽい話になっちまったねぇ」
天音「じ、次回はもう少し、気楽な話題にしましょうね」

次回は「江戸あれこれ」です。



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■コラムバックナンバー
・第1回「吉原事始め」
・第2回「江戸概略」
・第3回「吉原の遊び方」
・第4回「江戸流行りすたり」