■第4回

江戸流行りすたり

天音「今回は江戸時代の文化についてです」
氷笹「はいはい。まぁ、その文化の発信地の一つだった吉原の遊女としちゃ、しっかり説明してあげないとね」

 江戸の町は、百万を超える人が集まる巨大な都市となりました。多くの人が集まるということは、その人口を支えるために多くの物を必要とするということです。江戸には、東日本を中心に、全国からたくさんの物が集まります。江戸の町はその集まった物を消費する巨大な市場でもあったわけです。
  全国から集められた物は、それを消費する江戸の人々の趣向によって、様々な姿に変わっていきます。それが江戸時代を代表する文化となって、現れるのです。

氷笹「ほんと、江戸にはいろんなものが集まっていたからねぇ」
天音「はい。江戸時代は合戦のない平和な時代でした。街道や海運も整備され、日本中のものが江戸に集まってきていました」
氷笹「百万人の食事と娯楽を支えるんだ。それこそ、日本中からかき集めないといけない」
天音「ええ。有名なものとしては、蜜柑、ですよね。関東ではなじみのないものも、江戸に運ばれて流行して、定着していったんです」

 江戸の文化の中心を担ったのは、江戸の人口の大半を占める町人と呼ばれる層でした。商家の奉公人、個人商、人足、大工、工人など雑多な職業で構成される、中流から下流の階級の人々です。彼らは日々の収入を銀や銭で受け取ります。貨幣経済の中にいるため、自分の裁量で生活、娯楽に自分の得た収入を消費することができたのです。
  彼らのニーズに応えるため、江戸で流行るものは、大量に消費されることが前提となるものが多いのが特徴です。

氷笹「お客としちゃ、ひやかしの多い町人方だけど、吉原の外じゃ、彼らが中心になっていたんだね」
天音「はい。経済の中心地だった江戸では、いろんな仕事を求めて、人が集まってきていました」
氷笹「農村とちがって、都市では物々交換ができないからね。仕事の報酬はだいたい銀や銭で支払われていたのさ。それを両替商で交換して、銭を中心に物を買っていたんだね」
天音「ちなみに、両替する時には手数料が取られていました。吉原でも上客の中心は、商人の方から、札差しと呼ばれる両替商の方に変わっていったんですね」

 食文化にもそれは現れています。蕎麦が麺の形に定着したのも江戸時代に入ってから。蕎麦は庶民の安価な食事として流行します。また、握り寿司、天ぷら、豆腐など、現代でもおなじみの料理も江戸時代の流行から定着したと言われています。
  酒、魚を売り歩く小売り商の声が常に町のどこかに響きわたり、市場も人がにぎわいます。蕎麦屋、煮売り屋と呼ばれた居酒屋などの外食産業も発達します。様々な屋台も夜遅くまで出ていました。これも、忙しく食事を手軽に取りたいという江戸町民の需要にあわせたものなのです。

天音「吉原にも、仕出し料理、菓子、蕎麦、小料理屋などのお店があったんですよ」
氷笹「店にあがる前にちょっと一杯てな感じで、食事をすませる客も多かったのさ」
天音「また、遊女屋の方でも、料理や菓子を注文していました」
氷笹「『きのじや』って呼ばれる仕出し料理の店が増えていったんだね。菓子なら、竹村伊勢という店が有名だったのさ」

 もちろん、江戸の文化の発展は食だけではありません。
  江戸時代には、文学、絵画が町人のために作られ、売られるものとなりました。印刷技術の進歩により、本、絵は大量に生産することが可能になったのです。特に、多色刷りの製法が確立してからは、浮世絵が広く町人のあいだに広まります。美人画、役者絵、戯画、名所絵、春画など、多くの画家の作品が世に出ていきます。
  また、文学も印刷により、広く出回っていきます。江戸後期には、黄表紙と呼ばれる小説が挿絵付きでいくつもの版元から出版されています。
  芸能では、歌舞伎、浄瑠璃が隆盛を誇ります。題材には吉原を扱ったものも多数ありました。

天音「美人画には、吉原の太夫もよく題材に選ばれていたんです。それから、その、春画というのは……」
氷笹「まぁ、男と女の閨を描いたものだね。こちらは、遊女を描いたものの他にも、町人の性の様子を描いたものも多かったのさ」
天音「また、歌舞伎、浄瑠璃でも、吉原遊女は格好の題材でした」
氷笹「まぁ、大半が駆け落ち心中なんだけどねぇ……」

 二五〇年を超える歴史の中で、様々な流行を生み出しながら、江戸は文化の中心地として発展しました。その原動力は、受け手である町人だったと言えます。一人一人は少ない金額ながらも、百万を超える巨大な市場を作りだし、江戸の文化を発展させていったのです。

天音「吉原にも、いろんな人がやってきます。お武家様、商人、でもやっぱり多くは町人の方でした」
氷笹「大半は、太夫を買えるはずもなく、小見世の格の低い遊女を買ったり、切り見世で一回百文で済ませたりしていたのさ」
天音「でも、町人の方々がいなければ、吉原もここまで発展していなかったでしょう」
氷笹「江戸の経済の土台を支えていたからね。彼らの日銭から江戸の文化は生まれ育っていったのさ」

次回は「吉原の歩き方」です。


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■コラムバックナンバー
・第1回「吉原事始め」
・第2回「江戸概略」
・第3回「吉原の遊び方」