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帝都飛天大作戦外伝・たんすのぼうけん
文/希

 薄明かりに鋭く閃いた銀光は、しかし魔獣に後ろに跳躍されて、その皮を浅く裂いたに留まった。浅傷から、流れた血は溶岩のように熱く、滴り落ちた岩床を焦がして煙を上げる。
  薄明かりの中で、魔獣の毛皮は濃く黒く荒く、煤のよう。赤く鈍く明滅する瞳は燠火のよう。鈍い牙を剥き出しに唸る息には、獣臭とそして、炎が踊っていた。

 燠火を宿してくすぶる、熱い煤のような兇悪な魔獣、その外見は大型の猟犬に似て犬などに非ず、魔界の産であり、どちらかといえば悪魔、あるいは眷属に近い、一名をへるはうんどという。
  ヘるはうんどは、浅傷を追わせ、なおも白刃を突きつけじり、と間合いを詰めてくる、白の腹掛けに緋の短袴の少女に威嚇の喉唸りを鳴らし、通常人ならそれだけで金縛りにかかるような、凶眼で睨みつけたものの、相手の眼差しは前髪によって隠され、その内心は窺えぬ。

 短袴の少女───使い天狗に対し魔獣は、白刃にしばし攻めあぐねるように身を低くしたが、その口の端に、およそ通常の獣類なら有り得ぬような、邪悪な嘲笑が浮かんだと、使い天狗が見てとった瞬間に───

 咆哮! 背後から! 使い天狗の! そして悲鳴も!

「ガアアアアアアアッッッ!!」
「きゃあああああ、こっちからも!?」

 反射的に振り向きそうになる身体を、使い天狗は意志力強く作動させて押さえつける、魂消えるような悲鳴は、彼女が守るべしと定めた娘の声である。
  襲いかかった咆哮は、前に身構える魔獣と同種の、どうやら背後に伏兵が潜んでいたと思しく、このままでは娘は無惨に牙にかけられてしまうだろう。
  けれど使い天狗は「このまま」にはならない事を知っている。

 ───錫杖の、遊環がしゃらん! と清かに咆哮に割りこみ───

「魔法師呪! 第三階梯防御術! 瑚笠通(こるつう)!」

 鋭く、口疾(くちど)に詠じられた呪言に従い、術力が即座に発動する気配が満ちる、が、通路に投じられた光の範囲外の闇から襲撃してきた、もう一体のへるはうんどには見たところなんの影響も現れない。
  魔獣は、通常の獣なら有り得ぬ邪悪な笑みに眼を細めると、錫杖を構えた白の腹掛け、緋の短袴の娘とそして、彼女が背後に庇う黄の銘仙の娘に顎をがぱりと開いた。喉の底にちろちろと炎が猛って地獄の底に通じているかのような。この魔獣は生の血肉より魔の炎で炙った身を好む。

 魔炎の息吹を存分に娘二人に浴びせかけようとする。今一人の娘が持つ剣はたしかに脅威ではあれ、今は群れの仲間が足留めしている、その隙に。

「ゴゥオオオオオオオッッッ!!」
「火!? この狂犬、火まで噴くの!?」
「大丈夫、じっとしててキトラさん」

 ───奔出した炎の凄まじさ、通路の岩床をどす黒く焦がすほど、これがまともに錫杖の娘と銘仙の娘に襲いかかって、して、四散した。娘二人には届かず、彼女達の二尺程前の空間で虚しく留まり、届きはしない。まるで不可視の球状の笠が掛けられたかのようだった。
  焦れたへるはうんどがなおも炎の息吹を浴びせかけるのだけれども無駄、炎は不可視の壁を貫通できずにいたずらに渦巻くばかり。
するうちに、

「ギャウンンン!? ───ガ、ハァ……っ」

 通路の前方で、剣を構える使い天狗を抑えていたはずの、同類の悲鳴と断末魔だった。
必殺を確信していたはずの挟撃の炎が不発に終わった事にたじろいだ、その瞬間の隙を剣の使い天狗、見逃さずに一刀のもとに眉間を両断し、血振りも拭う間もあらばこそ。
  背後へ向き返り血刀下げて跳躍、炎の息吹の間隙を縫ってもう一頭の魔獣の前に降り立つのと刃を振り切るのが同時だった。
  ごとん、と斬断された魔犬の首が岩床に落ち、首も、胴体も、切断面から漏れ出した炎に自ら焼かれ、焦げていった……。

◆   ◆   ◆

「うーん、さすがは『広刃の剣』それも+2の補正付きかー。潜って割りとすぐに拾えたのはすっごく運が良かった。
  お陰でへるはうんども両断だったね」
  一戦後、それ以上の追撃や増援が無いことを確認してから三人はようやく臨戦態勢を解き、それぞれに休憩をとる。剣の使い天狗は魔獣の血糊を拭い、打ち粉をさっと叩いて刀身を浄め、次の戦闘に備えた。
  黄の銘仙の娘、月山キトラには見慣れない、両刃の西洋剣だったが、向こうの剣であろうと本邦の刀であろうと、武器という物がキトラにとってはおっかない代物であることは変わりなく、怖々と、刃から目を逸らしつつもそれでも剣の使い天狗に水筒を差し出す。

「あの、口をゆすいだらいいんじゃないかな……?
  あんな火を噴くお化けと戦って、乾いてない?」
「助かるぅ……たしかに口の中までいがらっぽいや。
  ……で、そっちはどんな感じ?」

 通路の壁際に座りこんで、錫杖の使い天狗が何やらごそごそ真剣な顔つきでいじり回しているのは木箱、の錠前で、細く精緻な器具を用いて解錠の最中らしい。
  先ほどのへるはうんどが襲来してきた、通路脇に開いていた孔の中に秘されていた物である。どこか医療器具を思わせる金属の器具に、細心の注意を籠めて指を使えば、かきり、と何やらの機構が外れる音が。

「……ぷはぁ……息、ずっと止めて作業してました……でも開きましたよ、やっと」
「何々、中なんかイイの入ってた!?」

 身を乗り出して覗きこんでくる同僚を、苦笑して押しのけて、錫杖の使い天狗はキトラに何事かを手渡した。見れば神社の御守りであり。「成田山」と縫い取られていて、なんともありふれて見えたけれど、キトラは袂の中から華奢で可愛らしい丸い眼鏡を取り出して掛け、これを授けた天狗に教えられたとおり、両方のツルをそっと押さえて瞬きを三回繰り返した。

 と、眼鏡それ自体に度はつけられていない透きガラスではあったが、キトラの視界に映りこんできた文字がある。
  曰く───

  ───守護符 効力常時発効型───
  ───効果範囲 個人───
  ───防御力微増 息吹系攻撃回避率微増───

「ええと、持っているだけで効き目がある御守りで、守りの構えが少し強くなって、さっきの魔犬の炎の息みたいなのを少しだけかわしやすくなるみたいです。
  ただ、一人にしか効き目はないって」

 無論キトラにこの類の呪具の知識など有るはずが無く、天狗にして彼女の主、黒羽伽藍が貸し与えた「鑑定の眼鏡」の神通力のままに告げているだけだ。
  いずれにしても、剣の使い天狗も錫杖の使い天狗も顔を見合わせ頷きあって、

「じゃあ、それはキトラさん、あなたが持っていると良い」
「そうそう。気休め程度かもだけど、僕らも君が少しでも安全になるなら、ちょっとは安心できるから、さ」

 とてキトラの首にその「成田山」の御守りをぶら下げて、笑みかけたことである───地下深くに広がる迷宮の、片隅で。

◆   ◆   ◆

 ───伽藍の使い天狗達というのは、全く同じなりと顔をしていながら、その個性や得意分野というのは中々に幅があり、中には一芸に秀でた、といって過言でない者さえある。
  今キトラに同行している2体の使い天狗は、そういった者達であった。
  剣を提げた使い天狗は、他の同胞達よりも戦闘力、剣技に優れる。
  錫杖をついた使い天狗は、同様に験力、術法に秀でる。
  もちろん両者とも、使い天狗にしては、という意味合いで、何れも主人の伽藍は愚か、人間の達人にも及ばないだろう。

 だとしてもキトラには、二人に同道してもらえるのはなんとも心強い限りであり、それを再三噛み締めていた。
  ───この、一体どれだけの広がりがあるのか、何層の深みがあるのか、見当も付かないような広大な地下の迷宮にあっては、自分一人だけでは少なくとも三回は死んでいたことであろう。

 迷宮、そうとしか呼び表しようがない空間であった。
  進入してから暫くは、大商家の蔵の地下のような、板壁板張りの部屋や通路が続いていたのだけれど、それがやがて坑道のような岩壁になった、かと思えば西洋の城塞の地下牢のような、石造りの空間が延々と続いていて、その上それが下方に何層も重なっているという始末。

 迷宮には、あの魔犬のような化け物といった見やすい脅威が潜んでいたのみならず、逆槍を植えた落とし穴、毒霧の噴き出す仕掛け床、といった強烈な罠の数々が設置されてもあった。
  幸い錫杖の使い天狗がそれら侵入者除けの仕掛けに知識があった為、致命的な事態に至らず済んでいたものの、それでもキトラは一度なぞは、通廊の天井から自分の鼻先すれすれに落下してきた円月刃に腰を抜かして失神したことである。

 キトラとしては、入ってきた扉を考えれば、その奥にこんな異様な空間が広がっているというのはどうしても受け入れがたい事実なのであったが、そうやって状況から目を逸らそうとしても迷宮は変わらず存在している。
  そしてキトラが所期の目的を果たそうとするならば、迷宮の更に奥にまで進むしかないのであった。

◆   ◆   ◆

「ねえ君、あと術式は何回くらい使えそう?」
「第一、第二の階梯のがそれぞれ三・四回くらいですね。第三階梯が一回、第四は……ごめんなさい、もう験力切れ。でも第五階梯のが、虎の子で一回分だけとってあります」
「んー……奇明丸(どくけし)も、金槍膏(きずぐすり)も、そろそろ残り乏しいかなあ……僕も少し疲れてきた感じだし」

 ───へるはうんどとの遭遇戦から、更に数時間が経ってのち。一行はあの後程なくして更に下層へと降りる螺旋石段に行き着き、降りてからはそれまでの危難が嘘のような淡々と無事な道行きであり、階層自体も他に比して狭く(といっても華族の大邸宅ほどの部屋数があったが)、さして時間も採らずに捜索は終了している。
  残念ながら、この階層もキトラが目的の層ではないことが判明していた。

 ここまでの道程で、剣の使い天狗も疲れが溜まってきており、錫杖の使い天狗も験力が消耗しつつある。このまま更に深い階層を目指すか、一旦引き上げて状態を万全に整えてから捲土重来を期すか……一行は、階層の通廊の、片隅に運良く造りつけられていた清らかな泉水の傍らに露営して、相談をぶっている。安全を確認してから、装備を解いて、水を使いながら。
  先ほど遭遇し、退けた、うごめき渦巻く巨大な粘塊、一名くりぃぴんぐもるどとの戦闘の疲れをその水場で癒していたのだ。

「うー……あの蠢くカビ、あっちこっちに飛び散って、べとべと……」
「あ、拭いて差し上げますね。あの、お背中こっちに向けて下さい」
「手強くはなかったんですけど、ああも増殖されると、きりがなくって……真破理燈(まはりとう)の術、使いきっちゃいましたけど、でも仕方なかったかと」
「まーいいよいいよ。下手に手間取りすぎると、数で押し負かされるかもだったし」

 さしたる被害も出ずにすんだが、何しろその粘塊、増殖するわ再生するわで殲滅に手間がかかった上に、破片が飛び散って衣装や武器を汚した。
  キトラは化け物群との交戦においては、自分は非力で守られるしかない足手まといと自覚しており、為にそれ以外の場面ではあれこれなにくれとなく二人の使い天狗のお世話に回っている。

 この時も泉の水で二人の装具を浄めたり、背嚢に詰めこんでいた味噌醤油を用いて、山菜・茸・川魚の類を料理してやっていた。
  なおそれらの食材は、どういう仕組みか迷宮内に繁っていたり流れていたりした森や小川で摘んだり釣ったりしたものであり、こんな魔処で自生しているものなど毒が恐ろしい限りであるが、例の「鑑定の眼鏡」のお陰で可食は保証されている。

 ただ何、料理といっても、味噌を土手型に塗りつけた平た石を焚き火の中に放りこみ、程良く焼けてきたところにぶつ切りにして下ごしらえした菜や魚の切り身を乗せて火を通すという、大雑把も良いところの料理である。
  ただ、こういう厄介な道行きにあって温かい食事は二人の使い天狗を大いに喜ばせた。

「これ、野ゼリかな。ちょっとしなこいけど、香りが良いよねえ」
「川魚も、水が冷たいところのだったからかしら、身が締まって、泥臭さもなくって、味が濃いわ」
「ごめんなさいね、こんな、手抜きのお料理で……」
「何言ってンの、上等上等」

 茸の汁も添えられて、啜りながら噛みしめる荒焼きの菜や魚は味噌の塩気が強いが、これが動いた身体にはじんわり旨味と快になって染みてくるよう。
  どこか羅馬(ローマ)の地下墳墓を彷彿とさせる石組みの迷宮の、影深い片隅にあって、深山の杣びとがかきこむような野趣なる食事は、景色としてはちぐはぐだが、使い天狗達にまた足を踏み出す活力を与えてくれた事だ。

 と使い天狗二人が指についた脂を舐めとって、満腹満足顔な一方で、料理たキトラは手許の紙片を見つめては、何事か難しげな思案顔。
  手持ち無沙汰なのを気に病んでうつむき顔だったキトラに、二人の使い天狗は帰りの道に困らないように地図引きを勧めていた。
  その図面を凝然と見つめて、首を傾げるキトラに錫杖の使い天狗は怪訝そうに問い掛ければ。

「どうしました、キトラさん? 何か不審なことでも?」
「うーん……あたしの考え過ぎならいいんだけど、なんだか、この辺り……」

 とキトラが地図に指したのは、この泉水から東北の方、通廊と、二つの石室と、元は葡萄酒蔵と思しき部屋に囲まれた一画の、細い通路の行き止まり。

「あたしの素人考えなんですけど、なんでこんなところに、こんな意味のない廊下を作ったんでしょう。行き止まりでどこにも通じてない……」

 地図上では、キトラの不慣れな筆先で、ちょっと子供の落書きのようではあるけれど、我が身で歩いてきた使い天狗二人が脳裡に蘇らせてみたそこは、確かに思えば言われるとおりに少しく奇妙で。
  設計上余ってしまったのだけれど、部屋にするほどの広さもなく、無理に伸ばして他に繋げるには不便、そんな空隙のような細廊下。一体なんの意味が?
  ……二人の使い天狗はしばし黙考していたけれど、やがて顔を合わせて頷きあった。
  もう休憩はお終いと、キトラを促して食事の後を片づけて、露営を畳んでそして───

 果たせるかな、その細廊下の突き当たりは、行き止まりと見えて行き止まりではなかったのだった。
  錫杖の使い天狗が、錫杖を掲げて、

「───魔法師呪、第三階梯探索術、霞離拭功(かりふぃっく)───」

 念ずれば、それまではただの煤けた石壁としか見えなかった突き当たりに、銀の光の線が生じて、やがて線は扉の輪郭を描き出していった。
それまで隠されていた扉の。

◆   ◆   ◆

 ───前兆は、幾らでもあったのだ。
  隠し扉を抜けた先の通廊を、進むごとに妙に蒸し暑くなってきた空気とか、時折通路の果てから伝わる、低く鈍い重い、風のような音だとか。
  何故その時点で撤退を選んでいなかった、と剣の使い天狗は歯噛みした。
  何が第五階梯、何がとっておきに術を一つ残してある、だ、と錫杖の使い天狗は唇を噛み締めた。
  たといこの業物の広刃の剣だとて、あれの鱗を一枚たりとて傷つけられまい。
  たとい切り札の大凍嵐呼び起こす術とて、あれの炎の前にはそよ風のようなものだろう。

 対峙するだけで、背筋が軋み、はらわたが締めつけられ、心が絶望一色に塗り潰される。
  それの身動ぎ一つ、息遣い一つだけでも、この矮小な肉体は潰され焼き尽くされよう。
  全身を覆う鱗は、紅玉の煌めきと鋼鉄の硬度を具え、
  剣のような爪や牙は巌や鋼をも軽々と裂き、
  体内には岩さえ溶かす炎を宿して息吹と為し、
  眸には人類より遙かに古い邪悪と叡智を宿す、
  それは───

「竜種! な、なんでこんなのがこんな階層に!」
「キトラさん、逃げて、あなただけでも───」
「ダメ、そんなの厭、それにあなた達をおいてくなんて、あたしは厭───!」
「我が儘言ってないの、とにかく!」
「どっちにしろ足がすくんで動かないんだってばっ」

 ───隠し通路を抜けた先、穹窿天井の、金襴緞子で周壁を覆った大広間の真ん中に座していたのは、太古の恐竜時代の生き物と幾らか似て、そして遙かに越えて恐ろしく凄まじい力を宿したるモノ───竜なのだったという。

 踏みこんで、その竜を認めた瞬間に一行は金縛りに掛けられた。
  心臓が止まるほどの恐怖に押し包まれて、それでも二人の使い天狗は必死にキトラを背中に庇う。

 ───竜が動いた。
  長い首を恐ろしくも優美なアーチ橋のように伸ばし、兵器のように禍々しくも美しい頭部を、一行にと近づける。

 鼻孔から漏れる息はどこか揮発臭を漂わせた蒸気となって床に渦を巻く。
  軽く、右、左とその宝玉のような眸を巡らせた、それだけで、その眼力だけで二人の使い天狗は膝から崩れ落ちて失神した。

 そして一人残ったキトラに、鼻先を近づけて、一度、二度、匂いを嗅いだのは、これが自分の贄として価値のある肉なのかどうかを検分した為か。
  しゃらしゃらと、玻璃の鎖を鳴らしたような涼やかな音で鱗を鳴らし、前脚を、その爪先を突きつけてきた時には、キトラは恐怖を通り越して、呆気なさを味わっていた。
  ああ、これで、こんなにもかんたんに、もうどうしようもなくお終いなのだ、と。

 象牙色とも、青鉄色ともつかぬ、精妙な色合いの爪の一筋の尖端がキトラの胸先に伸びて───
  さくりと。
  断ち切った。
  キトラがたすき掛けに締めていた、背嚢の留め緒を。

 とすんと落ちて緩んだ背嚢の口から、竜はその巨大な爪をなんとも器用に使い、引き出して、キトラの前に吊り下げたものがある。

 ドレス、だった。
  先だってキトラが、東京湾に停泊中の豪華露西亜客船の夜会に、故あって主伽藍と同伴した際に着ることになったあの白と桃色の。

「これは、ここにしまわれる衣装ではない」

 深く轟き、内臓を揺すぶるようであり、なのにどこか心地好い、重低音の声が、竜種の口元から。

「お前が持ってきたこれは、ローブ・デコルテ。
  ここにしまわれているのは」

 と竜種が軽く頭をもたげたのに合わせ、大広間の周壁にかかっていた金襴緞子がざっと払われて、明らかになったのは、衣装、衣装、衣装。
  壁に何段にも設けられた衣装棚に、上から下まで、端から端までぐるりと、ドレス、ドレス、ドレス。
  色も意匠も縫製も、千差万別の、ドレス、全てドレス。

 ただし、キトラが携え来たった物とは明確な差違があった。

「ここは、ローブ・モンタントの間である。
  しまいどころを間違えてはいけない」

 ローブ・デコルテ。
  ネックラインが深くカットされ、胸元や肩の露出が多いドレスを言う。
  そう、キトラが彼の夜身に着けて、今日携えてきたドレスもそれに当たる。
  そしてローブ・モンタントはその逆、高い詰め襟で、肩口も袖もしっかりとしたドレスを言う。

「ローブ・デコルテの間はまだ下の階層だ。
  恙無く進まれよ」

 竜種は、また信じられないほどの器用さで、ドレスを畳んで背嚢に収め、キトラに掛け直してやったのが、最早器用という域を越えて魔法じみてさえいたのだった。

◆   ◆   ◆

 帝都。銀座。伽藍の寓居。
  外からの見た目を遙かに越えて広がる彼の居室の一画で、今し、ばたりと、内側から扉が開いたのは衣装箪笥である。
  内側からよろよろと、まろび出てきて、そして身体を支えきれずばったり倒れたのは、三人。
  剣の使い天狗と、錫杖の使い天狗と、そしてキトラと。

 皆疲労困憊していて、倒れたなりに立つもままならず、絨毯の上でぐんにゃり伸びていたところに歩み寄ってきたのは、伽藍だ、この部屋の、そして使い天狗とキトラの主である、帝都のはぐれ天狗だった。

「……なにをドレス一枚しまってくるのにそんな手間取っているのだ」

 冷ややかに言い放つ伽藍へキトラは、首をもたげるのもやっとという風情で見上げて、切れ切れの息で、

「だって……タンスの中が……あんな、なんて。
  ……誰も、思わない……ですよう……!」
「そうか? まあ自業自得だ。吾輩はそんなドレスの一枚なぞくれてやると言ったに、返す、仕舞うと言い張ったのはお前だぞ、キトラ。
  まあ、よその家の衣装箪笥というのは、勝手が違ったようだな?」

 ん? とからかうように唇の端を吊り上げた伽藍に、キトラはもう体力気力が保たず、ぱったりと絨毯に顔を伏せたことである。

 かくしてキトラと他二人、艱難辛苦の果てにやっとのことで、どうにうこうにか伽藍の衣装箪笥の内部迷宮より帰還したのであった。

帝都飛天大作戦外伝・たんすのぼうけん 了>

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