音──
響き。 呻き。 鐘の音。
鳴り響くは、異形の鐘。 呻き続ける、異形の鐘。
この世ならざる音響をもたらす万魔の鐘だった。 長らく、誰の目にも触れたことのない鐘だった。
誰がこれを見るだろう?
何をも知らず、都市生活を謳歌する10万の学生たち?
すべてを嗤い、邪悪な何事かを目論む秘密結社の魔人?
誰もいない。 ここには、誰もいない。
ただ、ただ、鐘だけが在った。 異形の鐘が響く。 異形の鐘が呻く。
けれど──
今、ここにひとり。
鐘を見つめるただひとりの男がいた。
「願い、か」
呟く声。 不遜に、傲慢に。
軍服にも似た白い服に身を包む男だった。
それは空を疾(はし)る雷電を操る男だ。
かつて《白い男》と呼ばれた男だ。
雷電にも、鋼鉄にも喩えられる男だ。
不遜な男だった。 傲慢な男だった。
何よりも、揺るぎない奇矯さに満ちた男だった。
たとえば、数百万、否、その百倍を救うべく万象へ立ち向かうとか。
そうした“ありえないこと”を既に決意したかのような、奇矯極まる男だった。
「貴様が《鐘》か」
返答はない。 ただ、鐘が鳴るだけだ。
「代償を得て、ひとつの願いを叶える鐘」
返答はない。 ただ、鐘が呻くだけだ。
「下らん」
男は吐き捨てる。
言葉と共に、鐘の存在すべてを世界から排除しようとするような──
傲慢さに満ちた声で。
吐き捨てる。
視線に、稲光が如き鋭さを湛えて。
「欺瞞の極み。傲慢の果て。ただの鋼鉄の機械に過ぎない」
「脳内変異による計算を代行する、異形の大計算機。それがお前の正体だ」
「不遜なりし《鐘》よ」
「ド・マリニーの時計もどきよ」
「お前はどちらだ?」
返答はない。
ただ、鐘が呪いを撒くのみだ。
ただ、鐘が怨嗟を叫ぶのみだ。
言葉はない。
ひたすらに、靄に満ちた空の中で巨大な異形鐘は鳴り響くのみ。
何者の意思にも依らず。
何者の抑止にも構わず。
鳴る。 響く。 呻く。 叫ぶ。
そして──
ややあってから。 今、男は小さく頷いた。
「──そうか」
「お前は契約と呼ぶのか。それとも誓約か?」
「時に、偽なるものを与え、時に、彼らよりすべてを奪う己自身を」
「契り、誓いと、貴様は呼ぶか」
「ならば」
男の両手が輝く。
特殊金属に覆われた両手から、音が発せられる。
鐘の音を引き裂くように。
鐘の音を掻き消すように。
暗色の空を。
異形の鐘を。
運命を嘲笑する何者かを。
今まさに鏖殺すべく、男の手は、ただ、輝く。
「貴様は私の敵であり」
「この私と同じく、世界の敵だ」
「世界は」
男の手が──
機械籠手(マシンアーム)が輝く。
同時に、男の周囲を、万象を灼き尽くす紫電が走り抜けて。
「貴様如きの遊び場ではない」
──閃光が、疾る。
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