暴行事件発生から2週間。
船内にしかれた緘口令は固く、多少の事情を知るであろうヘレナも、さすがにニコルの居る前では「性的暴行」の言葉は漏らさなかった。
情報通を自認する学生の間で「ファースト女子がなにがしかの理由で退船」という噂が流れたりもしたのだが、ご丁寧にも「悲恋の末、悲劇」という結末つき。PS情報部による誘導なのは瞭然だ。
ポーラースターが南洋に入る頃には手も尽き、ニコルと俺は調査を放り投げて日常を謳歌することにした。
そんなわけで、俺はニコルをとびっきり退屈な宗教論の講義に置き去りにして、巡回兼、気晴らしの散歩中。
隙を見つけて施設紹介と洒落込もうかと……お!
施設案内にうってつけの人物を発見。今日は彼女について回り、俺が入ることが難しい学生個室を覗いてみよう。それがいい、イイんだってば。

「パス」
わ! わー! ナイスパスです。イライザさん。
「センタリング」
ファンタズィークです。イライザさん!
部屋の隅にまとめられたクリーニング行きの衣服が、ボクの頭に積まれていく。
洗濯物回収をこなしていた学園メイドのイライザさんは、ボ、俺の同行を快く認めてくれた。ついでに仕事を手伝うのは男として当然のことですよね、イライザさん。
最初の部屋は、やたら猫々しぃ飾り付けで溢れていた。
この匂いはニコルのクラスメイト、やたら元気で面倒見のいいソヨンのものだ。
猫が好きなのか、へー、ふーん。
「シュート」
はーい、この籠に入れるんですよね。イライザさん。
ところでこの部屋の空気、そこはかとなく辛くはありませんか?
2室目はドアを入ったところで「待て」をされた。
この部屋の絨毯は毛足が長く、俺の毛が落ちると掃除が大変になるのだ。
ニコは相棒だが、イライザさんは女王だ。その命令に逆らうのは難しい。
この部屋の匂いにも覚えがある。いつも悠然、いや、おっとりとした御嬢様、アルマとかいう学生のものだ。
親の溺愛っぷり溢れる高級品で飾られた室内は、改装も手間がかかってる。
「もう、追いつかれた」
先行してベットメイクしていたらしいベスが、がっくりと肩を落とした。
「早いよ。イライザ」
口を尖らせて子供のように拗ねる。でも、イライザさんより三つも歳が上らしい。
「手伝うわ。ベス」
イライザさんはにこやかに宣言して奥のベッドルームに向かい、あっと言う間に戻ってくると、ついでにと室内備品のチェックをこなしていく。
仕事を分担して動く二人の姿は、ポルカでも踊るようで楽しげだ。ボクも何か手伝えませんか〜。
「コローネ、Step Back」
ワワン、いつの間にか体が前へ! ごめんなさい、イライザ様。

十数室を回り、最後に訪れたのはジャングルのような部屋だった。
この匂いは……誰だろう。知らない匂いだ。
「洗濯物2枚、ベッドメイクは必要ありません、掃除は簡単に……か。仕事は楽だけど、メイドとしては寂しいね」
扉の横に置いてあった連絡メモを読み上げたベスが、腰に手をあてて感想を漏らす。
「ご自分でこなしておられるんでしょう。自立心の強い方なのよ、きっと」
イライザさんはコメントを返すと、洗濯物を回収するためにバスルームへと向かっていった。
たくさんの観葉植物と、観賞魚。心理分析なんて出来はしないけど、この部屋の主は寂しいんじゃないのかな。
「魚を食べてはダメよ。コローネ」
そんなことしないよ、ベス。食べ甲斐はありそうだけど。
「これで、午前の業務終了〜」
職員用通路の運搬用ベルトコンベヤーに荷物を置いたイライザさんとベスは、ほうっと同時にため息をついて、顔を見合わせた。
「ベス、サンドイッチバスケットを頼んでおいたから、庭園で食べましょう」
「素敵! って、いつの間に頼んだのよ」
本当にいつの間に頼んだんですか、イライザさん。
「いいわ、着替えてくる」
噴水前、と狭い通路を遠ざかるベスに集合場所を伝えたイライザさんは、ボクを見てニッコリ笑ってくれた。
「コローネ、貴方も行くでしょう。ニコル様に許可を頂きに参りましょう」
ホントデスカっ! ボ、いや、オレなんかでいいんですかイライザさん。
ついてきますですよ。どこまでも!
学生に目立たないよう、庭園の隅で開かれた昼食会は素晴らしく、きっちり3人分揃ったサンドイッチは最高で、イライザさん達の会話は心地よかった。
ニコルの方も、カフェで杏里と二人っきりになれたらしくて上機嫌。
俺達は揃ってニヤニヤしながらベッドに入り、幸せを噛み締め眠りについた。